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大学と企業の共同研究に携わった学生が他企業へ就職

大学と企業の共同研究に携わっていた学生が他企業へ就職してしまった!

今月の相談大学と企業が特許に関する共同研究をしていた際、研究に携わっていた学生が当該企業のライバル企業へ就職してしまいました。この場合、どのような法的問題が生じますか?

問題の所在

大学と企業の、いわゆる産学協同は年々拡大されており、あらゆる分野で質・量ともに膨張しています。そこで、大学と特定の企業が共同研究を行う場合、その共同研究に関する営業秘密の取扱いが問題となってきます。営業秘密に関しては、従前の契約責任や不法行為責任では不十分であるとして、不正競争防止法が営業秘密に関する保護規定を設けています。

営業秘密とは

不正競争防止法では、営業秘密とは「秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(2条4項)と定義されています。つまり、(1)秘密として管理されていること(管理性)、(2)事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)、(3)公然と知られていないこと(非公知性)の三つが要件とされています。

(1)については、その情報について、認識できる程度で客観的に秘密の管理状態を維持していることが必要とされています。具体的には、その情報にアクセスできる者が制限されていること、その情報にアクセスした者が権限なしに使用・開示してはならないよう義務が課せられていること、その情報にアクセスした者が当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしてあること、といった事実が必要とされています。

(2)については、その情報自体が事業活動に使用・利用されることにより、費用の節約、経営効率の改善などに役立つものとされています。技術上の情報とは、製品の設計図、製法、試験データ、研究・開発情報などがあり、営業上の情報とは、顧客名簿、販売マニュアル、マーケット・リサーチ情報などがあります。過去の開発の過程で得られた失敗した研究や実験データ・情報も、無駄な研究投資を節約できるということから有用性は否定できません。

(3)については、その情報が新聞その他の刊行物に記載されていないなど、その保有者の管理している範囲外では、一般的に入手できない状態にあることをいいます。情報を知っている者が保有者以外にいたとしても、守秘義務を課せられているなどの事情から、情報保有者の管理下にあるときは、非公知性があります。

どんな行為が規制されているのか

(1)不正な手段で営業秘密を取得

窃盗、詐欺、強迫などの不正な手段により営業秘密を取得する行為、または不正取得した営業秘密を使用し、または開示する行為(2条1項4号)。たとえば、営業秘密そのものである新製品や営業秘密の記載されている設計図や顧客名簿を盗みだしたり、あるいは営業秘密が保管されている机、金庫、フロッピーディスクなどを無断で開いて使用したり、コピーしたりする行為がこれにあたります。

(2)不正な利益を得るために営業秘密を使用

保有者から営業秘密の開示を受けた者が、不正の利益を得る目的または保有者に損害を加える目的をもって、その営業秘密を使用、開示する行為(2条1項7号)。たとえば、会社が従業員に示したノウハウや顧客名簿の営業秘密を、従業員が不正の利益を得る目的で使用することがこれにあたります。しかし、当該従業員自身が開発したノウハウや作成した顧客名簿は、事業者から示された営業秘密とはいえません。

(3)不正行為と知りながら営業秘密を取得

(1)(2)の不正行為または秘密を守るべき法的義務に違反して、営業秘密を開示する行為があったことを知りながら、その営業秘密を取得、使用または開示する行為(2条1項5、8号)。たとえば、会社の従業員が社内から盗みだした新製品に関する情報を、ライバル会社が窃取の事実を知りながら、これを買い取る行為です。

(4)不正取得とは知らずに営業秘密を使用

営業秘密を取得したときには、不正取得行為につき知らなかった者が、その後営業秘密を使用または開示する行為(2条1項6、9号)。たとえば、営業秘密を取得したあとに、産業スパイ事件が大々的に報道されて不正取得行為が介在していた事実を知りながら、この営業秘密を使用する行為です。

このような新たな保護規定を導入することにより、民事の事前救済手段として差止請求権(3条1項)、廃棄除却請求権(同条2項)、また、事後的救済手段として不正行為とされたすべての行為類型つき、損害賠償の対象となることを明らかにし、(4条)、かつ損害の立証を容易にさせるための損害額の推定がなされるようになりました(6条)。

ただ、不正競争防止法には営業秘密にかかる不正利用行為に対する処罰規定(刑事罰)はありません。しかし、現行刑法で窃盗罪、詐欺罪、業務上横領罪、盗品譲受罪などで処罰される可能性があります。

企業などにおける営業秘密の管理

営業秘密を保有する企業は、通常、秘密管理に関する手段を講じています。そのなかでも守秘義務や競業禁止義務を課することが一般的です。従業員に対しては、労働契約のなかで定めることが多いのですが、誓約書という形で取り決めを行うこともあります。企業が大学と共同研究を行う場合には、大学とのあいだで営業秘密の保持に関する取り決めを行っていると思われます。その場合、研究に関与した学生の営業秘密の不正使用などに関して、大学が責任を負うような定めがあることもあるでしょう。また、大学としても、営業秘密を取り扱う学生に対し、守秘義務を課するなどの一定の誓約を課する場合もあります。これらに違反した場合には、損害賠償や差し止め請求を受けることも考えられます。

ライバル企業に就職した学生が、大学時に学んだ技術を使って研究したいと思った場合はどうでしょうか。その技術が大学時に企業との共同研究の内容をなしており、かつそれが前述した企業秘密といえるようなときは、それをライバル企業において研究することは不正な利益を得る目的または保有者に損害を加える目的があるものとして規制の対象となるでしょう。なお、守秘義務のため、面接で自分の研究内容が発表できず就職できなかった、あるいは内定が取り消されたとしても、もともと研究内容そのものが営業秘密の内実をなすものである以上、これはやむをえないでしょう。

コラム

男性用かつら事件

Xは男性用かつらの製造販売を業とする会社であり、YはXの従業員(理容師)であったが、Xを退職し独立してかつらの販売業を営もうとした。その際、YはXの店舗に保管されていた顧客名簿を無断でもちだしてコピーをとり、これを利用してXの顧客に対し次つぎと電話勧誘を行って、Xの顧客から注文を受けるなどの営業行為を行った。このため、XはYに対し営業行為の差し止めと損害賠償を請求した。

判決は、多額の宣伝広告費用を投下して長年にわたってようやく獲得できるという男性用かつらの顧客名簿の特殊性を考慮し、本件顧客名簿が秘密管理性および非公知性をもつものとして、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するとし、YはXの代表者と口論したあとに退職の意思を固め、Xの店舗に保管されていた本件顧客名簿を無断で店外にもちだしてコピーしたと認定し、Yの行為は同法2条1項4号の営業秘密の不正取得に該当するとして、Yの営業行為の差し止めと損害賠償を認めた(大阪地裁 平成8年4月16日判決、判例タイムズ920号232頁より)。