1 はじめに
年金裁判とは、国が年金額を改定する法律に基づき、2013年10月支給分より年金額を1%減額したことが、憲法に違反し無効であると主張して、2015年5月に、全国で5297人が39の地裁に、京都の事件では121名が原告となって、国を相手に提訴した事件です。そのうち、今年5月末から6月初めにかけて、京都の事件を含め21件について、最高裁第2小法廷で、原告らの上告を棄却する判決が出されました。
2 訴訟上の争点
国会で制定される法律については、40年前に最高裁で出された判決で、「立法裁量論」が打ち出され、これによって国会には幅広い裁量権があり、法律自体の違憲性については、裁判所の判断は及ばないとされてきました。訴訟ではまず、この論理を崩すことが第一の課題でした。
また、近年、法律の内容のみならず、その制定経過を含めて裁判所の違憲審査が行われるべきとの主張も強くなされていました。本件の年金を減額する法律は、当時の「税と社会保障の一体改革」の3党合意によって制定された党略的立法で、もともと合理的な立法理由はないとも主張しました。
3 原告らの取組
京都の原告らは年金者組合の組合員で、年金者組合としても、この訴訟を通して、年金生活者の困難な実態を社会的に可視化するとともに、年金制度の充実を求めるという目的をもって取組みました。
このため、まず、高裁までの裁判期日に際しては、常に100席近くの傍聴席が満席になる程の傍聴者が参加しました。このことが、裁判官に対し、原告らの声に耳を傾けさせることになりました。また、多数の傍聴参加者としても、国側の主張する「少子高齢化」や「世代間の公平」という抽象的理由が中身のないものであるとの認識を共通にすることができました。
また、何より、毎回の期日に、原告が法廷で口頭陳述し、その厳しい実態を訴えることを実現しました。このため、大阪高裁の判決では、原告らの陳述、証言内容が多く引用され、年金生活者、とりわけ女性の年金生活者がとても苦しい実情にあるとの事実が指摘されました。
さらに、裁判期日毎に、地域で集めた多くの署名を裁判所に積み上げました。
このように年金組合は、法廷での闘いと、地域での取組を結びつけ、運動を前進させてきました。
4 司法機関としての責任を放棄した最高裁判決
今回の最高裁第2小法廷判決は、要するに国の言い分そのまま引用し、簡単に結論のみを示したものです。これは、国に忖度し過ぎた、三権の1つの司法機関としての責務を放棄した、時代遅れの、情けない判決というほかありません。
5 運動を反映した三浦補足意見
判決には三浦守裁判官の次の内容の補足意見が記されていました。「年金受給者にとっては、実際に給付を受ける金額が減少するうえ、このような年金額のみでは、他に収入や資産等の少ない者の生活の安定を図ることが困難であることは否定できず」「高齢者を含む全ての国民が最低限度の生活を保障され、健やかに充実した日常生活を送ることができるよう・・・社会保障等の向上及び増進を図ることは、憲法25条が定める国の責務である。」と、国に対して施策の充実を求めました。
年金者組合がかねてから最低保障年金制度の創設を求めていますが、この補足意見は、その運動の武器になるものです。
6 これから
裁判事件としては終結したとしても、生存権を保障する年金制度の充実を求める運動はこれからも続けられます。
現在、年金基金は200兆円以上も積み立てられていますが、これらは年金掛け金を長年払ってきた現在の年金受給者のために使われるべきです。しかし政府は、抽象的な年金財政不足ということを口実に、掛け金の支払い期間をさらに延ばし、年金支給額は逆にさらに下げようとしています。このような年金改悪に抗し、逆にその充実を求めることは、年金受給者のみならず、現役世代の重要な課題でもあります。
(事務所からの弁護団員は森川明、藤井豊、谷文彰、尾﨑文紀、高木野衣の5名でした)