ホテル過剰建設問題の状況と抜本的対策の必要性
【1】はじめに
京都市の観光MICE推進室によると、本(2019)年3月末時点での京都市内の宿泊施設客室数は以前市が「目標」としていた4万室を大きく超えた4万6000室に達し、計画中の施設を含めれば20年には5万3000室を超える状況になっており、ホテルの林立によりバブル期の再来の様相を呈しています。
ホテルの林立は、地価の高騰を招き、住環境や景観にも重大な悪影響を与え、地上げ・底地買い、大規模町家の消失、路地の消失を招いています。
京都市は最近になって観光公害に対応するプロジェクトチームを設置しましたが、遅きに失したばかりか、末尾記載のとおりの抜本的な対策が必要です。
それどころか、京都市は、一部地域の高さ・容積率を緩和する都市計画の見直しを図ろうとし、規制緩和により地価の高騰を抑え、子育て世代を呼び込めるかのような時代錯誤の主張さえしています。しかしながら、規制緩和は地価上昇と景観・住環境の悪化を招くものであり、新景観政策を大きく後退させるものです。
以下、5地域の問題事例を紹介し、最後に抜本的対策について述べます。
【2】南禅寺・無鄰菴隣接地の富裕層向けホテル建設問題 〜建築確認取消を求め地域住民678名が審査請求へ
文化財保護法による「京都岡崎の重要文化的景観」に指定されている岡崎・南禅寺地域の核となる文化財(名勝)無鄰菴は、七代目小川治兵衛作庭・山縣有朋の別邸で、回遊式庭園からの眺望景観の保全が重要です。無鄰菴に隣接した南禅寺ぎんもんど(木造低層料理店)跡地の高さ約14メートルの富裕層向けホテルの建設計画(ヒューリック/東京)に対し、昨年11月に無鄰菴庭園からの眺望景観を保全するため、新景観政策の柱の一つである眺望景観創生条例7条により、背景景観を眺望景観保全地域に指定することを求めた市民提案を行いました。ところが、突出して見えるホテルを樹木で覆い隠しただけで、2019年1月に風致許可が、3月に建築確認がなされ、6月から建設工事が開始されています。
この間、景観破壊の問題に加え、敷地北東側で都市計画法による開発許可が必要な「開発行為」(形状の変更=30㎝を超える切土)に該当する約50㎝の切土がおこなわれていたのにもかかわらず、京都市長が「開発非該当」としたため、建築確認だけで開発・建築が進められようとしていることが、住民・専門家の調査により明らかになりました。
ホテル建設予定地と周辺の隣接地の間には、2メートルを超える崖や擁壁があり、開発許可により崖や擁壁の安全性のチェックが行われないと、低地にある隣接住民の生命・身体・財産の安全性が担保されません。
そこで、地域住民678名が審査請求人となって6月18日に建築確認の取消を求めて京都市建築審査会に審査請求をおこないました。審査請求人には、400年の歴史をもつ名料亭の瓢亭も含まれています。(当事務所弁護団:飯田昭、藤井豊、森田浩輔)
【3】下京区・植柳小学校跡地のタイの高級ホテル計画問題〜小学校跡地利用の転換を
もともと、京都市内の小学校は、地域住民が寄贈(寄附)して設立されてきたもので(番組小学校)、仮に廃止された場合には、その跡地は地域住民の合意のもとに、公共的な利用を図ることが原則です。以前は、明倫小学校跡地(中京区)は芸術センター、修徳小学校跡地(下京区)は老健施設など、公共的な利用が図られてきました。ところが、京都市は、跡地をホテル事業者に借地してその有効利用を図る施策に転じます。この間の、清水小学校跡地(東山区)、立誠小学校跡地(中京区)、白川小学校跡地(東山区)に続くのが、今回の植柳小学校跡地(下京区)のホテル建設計画です。
しかも、これまでの3計画では一定の公共スペースを確保していますが、今回の計画は跡地のほぼ全体をタイ資本の高級ホテルにし、災害の際の指定避難場所になっていた体育館もつぶし、代わりに隣接する児童公園の地下に体育館を移転するという計画です。地震や水害の際に、地下体育館に避難させるというのは、無謀といえるもので、全国でも例を見ません。
計画は地元住民や町内会さえ置き去りにした少人数の検討委員会で秘密裏に進められ、検討されていた対案もかくしたまま提案されます。これに対し、地域住民や地元町内会からは中止の意見が高まっていますが、市は地元自治連の総会で賛成決議がなされたと市議会で虚偽の答弁をするなど、なお強引に進めようとしています。
この問題を契機に、学校跡地のホテル利用をやめさせ、地域合意のもとに、公共的な利用に転換させる必要があります。
【4】大原三千院北側(元三千院所有地)の高級ホテル計画問題
現地は、市街化調整区域かつ風致地区であり、そもそも開発が想定されていない地域です。厳格な保全が求められる歴史的風土特別保存地区(古都保存法)にも隣接しており、もともと三千院の前住職の際に、寺が取得して保全しようとしていた地域です。
ところが、住職が代わると様相が一変します。開発を企図した事業者が、門川市長と懇意であることを強調し、住職を代表にすえて「大原創生会議」を立ち上げ、市の『上質宿泊施設誘致制度』の特例で、地区計画を使って市街化調整区域を開発しようと計画しました。
しかも、計画は、地域住民や地元自治会(大原勝林院町)にさえ知らされずに進行していたのです。京都市は、地元自治連からの要望書の提出を受けて、計画を進めようとしていたようですが、本年2月に計画を知った地域住民・地元自治会は迅速に立ち上がり、その結果、5月末には地元自治連合会も総会で計画を凍結することを表明します。
【5】中京区明倫学区〜「伴市」跡地ホテル計画と「紫織庵」(市指定文化財)解体の危機問題
中京区明倫学区は、鉾の巡行路・新町通を中心に、ここ数年でホテルが林立しています。
祇園祭の浄妙山の目の前の山を見下ろす大浴場を備えた10階建てホテル計画に対し、市の認定した地域景観づくり協議会である明倫自治連・まちづくり委員会は同意できないとの意見を出しているにもかかわらず、市は建築確認をおろしてしまいました。
また、八幡山の前にある「紫織庵」は市文化財保護条例の指定文化財で、市の許可がなければ現状を変更できないにもかかわらず、ダミー取得者が解体を企図しています。地元の要請で市も本年2月に『警告書』を発していますが、なお解体の危険は解決していません。
【6】求められる抜本的な対策
過剰なホテル建設から町家と住環境を守り、地価を抑えて子育て世代が居住できる環境を促進し、あわせて新景観政策を真に進化させるため、すくなくとも次の項目については早急に制度化(条例ないし政策変更)が必要です。
- 宿泊施設の総量規制(スペインのバルセロナでの2017年の宿泊施設の建設規制制度を参考に。歴史的市街地ではホテルは原則禁止)
- 空家のランドバンク制度(アメリカのランドバンク制度を参考に)の導入による空家の活用
- 町家に対する固定資産税・相続税の減免
- 消失のおそれのある町家の一時買い取り(フランスの先買権制度を参考に)
- 学校跡地をホテル事業用地に貸地するのではなく、公共施設+地元中小企業やNPO・市民団体のためのオフィスとして活用したり、公的賃貸住宅として活用することに転換すること
- 地域景観づくり協議会との協議を行えば、協議が事業者側の不合理な対応により不調となっても認定するのではなく、地域景観づくり計画への適合性を認定の要件とすることを市街地景観整備条例に明記すること
- 国土利用計画法による土地取引の監視区域の設定による地価の抑制