まきえや

青いとり保育園裁判が問いかけるもの

事件報告 青いとり保育園裁判が問いかけるもの

1 クローズアップ現代の指摘

まきえや2015年秋号で報告した「青いとり保育園裁判」が、NHK「クローズアップ現代」の「広がる“労働崩壊”~公共サービスの担い手に何が~」というテーマの放送回(2016年2月22日)で取り上げられました。放送内容はNHKのホームページで詳しく紹介されています。

放送では、原告北垣さんや保護者の声が紹介され、原告ら職員の雇用が維持されなかったことによる保育の質の低下と、保育士の厳しい労働条件が指摘されました。そして、その背景として、人件費が高すぎるという理由から公立保育園の民営化が進められ、結局保育士の平均賃金も引き下げられ、保育の質の低下や保育士不足を招いてきたことが指摘されました。公立に準じた運営をしてきた青いとり保育園も、「経費節減」を求める京都市の監査によって人件費が切り下げられ、ついには職員が職場を追われることになりました。

2 保育園不足は失政の結果

保育園の入所決定が行われる2月、3月に入り、「保育園落ちた日本死ね」と書いた匿名ブログが話題となり、保育を巡り国政が動き出しています。「女性が輝く社会」「一億総活躍社会」というスローガンを無責任に打ち出した安倍政権に、深刻な待機児童問題の解決が突きつけられています。

都心部の保育所不足は複合的な原因により生じているものですが、公立保育園の民営化や子ども子育て新制度の導入の中で進んできた保育士の労働条件の悪化は深刻な保育士不足を招きました。ついに保育所を設置しようとしても保育士が集まらないという状態にまで至り、ようやく保育士の給与など待遇改善が喫緊の政治課題となってきたという経過はあまりにお粗末なものです。

介護分野においてもすでに先行して同じ問題が生じていますが、社会保障削減や公共サービスの効率化の名の下に、働く者の権利を切り崩してきたことが、このような事態を招いたことを深刻に受け止め、その労働条件を大幅に引き上げることが求められています。

3 京都における先進的な取り組み「プール制」とその改悪

クローズアップ現代では、処方箋としての「公契約条例」の制定が紹介されました。適正な賃金を労働者に直接保障する仕組みです。残念なことに、京都市が昨年施行した「公契約基本条例」ではこの仕組みは導入されず、クローズアップ現代の紹介の中でも制定している自治体から外されていました。

ところで、京都市では、保育士に適正な給与を保障するために、今日的にみれば極めて先進的な仕組みが長年実施されてきました。全市共通の職員給与表を作成し、保育士給与の官民格差を是正、市の財政から京都市保育園連盟に補助金を拠出し、京都市保育園連盟から各園に分配して保育士の給与保障を行う仕組みです(保育園連盟がプールすることから「プール制」と呼ばれていました。1972年度から実施されてきました)。

この仕組みがあることで、京都市の認可保育園の保育士は安心して働き続けることができ、ベテラン・中堅・若手の職員がバランス良く配置された園運営を可能とし、ひいては京都市全体の保育の質を向上させ、各園での多彩な保育実践を実現させてきたのです。

ところが、京都市は、2010年度からこれまでの配分方法を変更し、各園の様々な取り組みにポイントを付け、ポイントに応じて配分をする方式に変更してしまいました。その結果、ベテラン・中堅が多く在籍する保育園では労働条件の引き下げが課題となり、将来の見通しが立てられない状況が生まれています。また、配分総額が決まった中でのポイント制は、ポイントの争奪戦となり保育士の業務をさらに増やすことにも繋がってしまいます。

ポイント制の目的は競争原理によって保育サービスを充実させることでしたが、かえって足下を切り崩す事態を引き起こしています。「プール制」の経験を活かして、職員給与を抜本的に改善する政策を導入するべきでしょう。

4 保育のあり方を問う「青いとり保育園裁判」

厚生労働省が作成した保育指針及びその解説書では、乳幼児期は「生涯にわたる人間形成にとって極めて重要な時期」であると指摘しています。そして、保育園で過ごす子どもの発達・成長には、専門性を有する保育士からの適切な援助が必要であり、子どもと保育士との継続的な信頼関係が必要であるとされています。

青いとり保育園では、経費節減や経済合理性のみを優先して、このような保育指針の観点が忘れられ、一番大事にされるべき子どもたちが犠牲になってしまいました。

保育士が安心して働き続けられることが、子どもたちが毎日を安心して保育園で過ごし、発達・成長していくために必要である、という保育のあり方としては当たり前のことを、この裁判を通じてあらためて確認していきたいと思います。

(当事務所の弁護団弁護士 浅野、大河原、渡辺、藤井、谷、高木)

原告の皆さん 京都市立病院前で

「まきえや」2016年春号