事件報告 建築現場における労災と安全配慮義務違反
1 事件の概要
Xさんは、いわゆる人夫出し業者A社から派遣された仕事(中間下請けB社・元請けC社)の現場で、建物の屋根材の解体作業中に、突如、屋根材が崩れて高さ数メートル下のコンクリート土間に落下し、全身を強打。胸髄損傷、外傷性脳挫傷等の重傷を負いました。長期入院、リハビリを経てもXさんには、なお、下半身不随等の重度の後遺症が残りました。労災一級の後遺障害認定を受けたものの労災補償だけでは、回復できない大きな被害を被ったのです。ご家族は、今後のXさんの生活を心配し、会社の責任が問えないかというご相談に来られました。
調査をすすめるほどに、Xさんの指示された仕事は、高所作業でありながら、安全対策というべきものがほとんどとられていないように思われました。そこで、会社に対し安全配慮義務違反として損害賠償責任を問うことにしました。裁判では、建築現場特有の重層的下請構造の労働実態があるため、どの会社にどのような責任を追及できるかが重要な課題でした。
2 仕事内容が直前に変わる~建築現場の「人夫出し」労働の実態
Xさんは、事故発生日当日、急に、解体作業に行くように指示されました。Xさんは、前日に聞いていた仕事内容と違っていましたが、これを断るとその日の仕事がないことになるため、その仕事をするしかありませんでした。そして、当日、現場で初めて、高所での解体作業であることを知ったのです。
3 元請け、下請け、孫請けの安全配慮義務違反
(1)A社の責任(いわゆる人夫出し業者の責任)
A社には、使用者として労働契約に伴う安全配慮義務(労働契約法5条)違反があることを主張しました。
具体的には、安全衛生法上、以下の義務があることを指摘しました。すなわち、労働者の墜落の危険を防止するために①高所作業時に足場(作業床)を設置する義務があり、かつ囲い、手すり、覆い等の設置ないし防網を張り、労働者に安全帯を使用させる等の義務があること。他方、②作業床の設置ができない場所などの場合には安全帯を使用させる義務があること、安全帯使用の場合の安全に取付けるための設備等を設置・随時点検する義務があること。また、③屋根上での踏み抜き防止のため、歩み板や防網の設置等の危険防止する義務があることです。そして、A社がこれらの義務をいずれも怠たったために、本件事故が起こったと主張・立証しました。
(2)B・C社の責任(直接労働契約関係にない元請け会社・中間下請け会社の責任)
B・C社のようにXさんとの間で直接の労働契約が存在しない場合でも、判例では、信義則上の義務として、安全配慮義務を認めています。また、建設業においては、特定元方事業者が請負人の労働者に対してとるべき義務が規定されてもいます。こうしたことから、建設工事の元請けであるB・C社は、Xさんに対して安全配慮義務を負っていることも指摘し、当該安全配慮義務の違反による損害賠償責任を負うことを指摘しました。
(3)A社の責任逃れの主張
A社は、雇用責任を逃れようと、Xさんは雇用労働者でないとか、現場を自らが直接監督をできないから安全配慮義務を履行することが不可能という趣旨の主張をしてきましたが、Xさんの労働実態等から雇用関係は明白です。また、A社の主張は、建設業務等を派遣法の除外業務とした趣旨(重層的下請構造のもとでは、派遣によるのではなく、請負形態として、雇用関係の明確化や雇用管理の近代化等の雇用改善を図る措置をとってこそ、安全面や雇用面での改善が図られるという考え方)に照らせば、A社は、建築現場に労働者を送り込む以上は、他の請負業者と同様に直接・指揮監督をしなければならないこと、及び、自らが違法に「派遣」業務を行っているにも関わらず、それを根拠に直接の指揮監督ができないなどと主張して、責任を逃れることは許されないと主張・立証しました。
4 和解解決と成果
本件は、最終的に当初呈示の金額を遙かに超える金額の和解解決ができました。相手とした3社は、個人企業と中小企業ばかりでしたが、このような成果が得られたのは、建築現場での重層的下請構造の中で、安全性の管理が無責任になりがちな点を具体的根拠を示して主張・立証し、関与したすべての業者の責任を明確にすることができたことによるものです。