事件報告 ある自転車事故の裁判 ~グレーチング(溝蓋)事件~
最近ロードレーサータイプの自転車が普及しており、休日ともなると郊外を颯爽と走る姿が増えています。今回はロードレーサータイプの自転車で市道を走行中に転倒し大怪我をした事故で裁判になった事件を紹介します。
事件の概要
このタイプの自転車の特徴のひとつはタイヤ幅が狭いということです。一般的な自転車は3.5㎝程度ですが、ロードレーサータイプは2㎝程度しかありません。これが災いしたのです。本件事故現場は、京都市の管理する市道で、この道路を横断する幅70㎝、長さ5.2mの水路があり、水路の上には幅70㎝、長さ1mのグレーチングと呼ばれる鋼材が格子状に組まれた溝蓋が5枚並べてありました。長年ロードレーサータイプの自転車に乗りレース出場の経験もあったSさんは5枚並べてあったグレーチングとグレーチングの間にあった2.5㎝の隙間に前輪タイヤが挟まり、自転車ごと前方につんのめるように転倒して、路面で顔面を強打し、顔面骨折、眼窩底骨折等の重傷を負いました。
国や自治体が設置管理する道路に瑕疵(欠陥)があったために損害を被ったときは、被害者は国や自治体に対して損害賠償を請求することができます(国家賠償法2条1項)。示談交渉の段階では、京都市は道路の設置・管理に過失があったことは認めつつも、Sさんにも3割以上の過失があると主張しました。Sさんにしてみれば、まさかグレーチング間にそんな隙間があるとは思ってもみなかったことから、まさに落とし穴に落とされたという思いで裁判に踏み切りました。
市側の過失認める
裁判では過失割合(Sさんの過失)が最大の争点となりました。京都地裁の判決(2014年11月6日言渡)は、まずグレーチングの隙間につき、道路が通常有すべき安全性を欠いたものであり、国賠法にいう道路の設置または管理の瑕疵があるとして、京都市の損害賠償責任を認めました。そして、本件隙間の大きさからして、自動車、通常のタイヤ幅の自転車及び通行人等が転倒する原因になることは考えにくく、瑕疵の程度はさほど大きなものとは言えないとしました。
さらに、Sさんの自転車経験からして、ロードバイクに熟知し、そのタイヤ幅の狭いことを認識しており、本件道路も身近であり、グレーチングの存在も認識していたのだから、その隙間の存在を全く予見することができないとまでは言えないとしました。つまり、隙間の存在に注意しながら自転車を運転すべき注意義務がある(道路交通法70条)とし、Sさんにも過失があるとしました。さらに、Sさんが本件隙間に至る前に道路中央付近からやや左側を通行していたことから、キープレフトの原則(同法18条1項)及び交差点右折時の道路側端に沿って徐行する義務(同法34条3項)に違反しているとしました。しかし、それでも本件隙間の大きさからすると、Sさんにとっても発見が容易であったとまでは言えないと、その過失を2割と認定しました。
最後に
この判決は双方とも控訴しなかったので確定しました。近時、健康やエコで「スポーツサイクル」ブームが拡大する中で、その危険につき警鐘を鳴らす事件であったと思います。自転車事故が増大している今日、自転車運転者として、被害者になるだけでなく、加害者になる事件も増えています。交通ルールを遵守するだけでなく、責任賠償保険に加入するなど万一に備えることが大切です。