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事件報告 合理的理由がない一時金削減は許されない ~立命館未払一時金請求訴訟判決

事件報告 合理的理由がない一時金削減は許されない ~立命館未払一時金請求訴訟判決~

はじめに

学校法人立命館に対して、教職員205人が、2005年度から2007年度までの3年間に、それまでの一時金(賞与)の支給基準額から削減された分の支払いを求めた訴訟で、京都地方裁判所は3月29日、教職員の請求の多くを認める判決を下しました。

問題の所在-支給基準についての定めなし

一時金(賞与)について、就業規則や賃金規定等(以下単に就業規則類という)で、例えば「給与月額の2.5ヶ月分とする」などとの定めがある場合、雇用主は一方的にこれを減額することは出来ません。就業規則類で定めているということは、労使の契約関係の内容となっており、雇用主の勝手な判断でこれを変更することは出来ないからです。

ところが、就業規則類で支給基準についての具体的定めが無い場合にどのような権利関係になるのか、必ずしも明確ではありません。一時金(賞与)の性格をどのように捉えるのか、これまでの支給の経緯がどうであったのか、雇用主及び労働者の認識がどのような状況にあるのか等によって変わる可能性があるからです。

一時金についての過去の経緯と本件の内容

立命館では、一時金については、1982年度から、労使で年間の支給基準について一括で交渉・妥結し、支払われていました。

その支給基準は、例えば1982年度は「6.4ヶ月+13万円+扶養手当4ヶ月」となっていたものが、次第に基準月数等が逓減していきました。これは、経済が右肩上がりの状況の中、労使ともに、毎月の基本賃金を上昇させることに本筋があるとの認識のもと、一時金の基本賃金化が進んだからです。

このような経緯を経て、1991年度に初めて「6.1ヶ月+10万円」の基準で妥結しました。以後、本件係争年度となる2005(平成17)年度の前年である2004(平成16)年度までの14年間、この同じ計算基準で支払われてきました。殆どの年度では労使で妥結しましたが、年度によっては、妥結がないまま、しかし同じ基準で支払われました。

計算基準の低減化が止まったのは、バブル崩壊後、基本賃金のベースアップが実現できず、このため一時金の計算基準を下げることが出来ないとの認識が労使双方にあったからです。

もっとも、この間に理事者側からは、将来的には「6ヶ月」を目標にしたいとの見解が示されることもありました。

ところが、2005(平成17)年度、理事者側は、「5.1ヶ月+10万円」を提示してきました。労使の交渉は行われましたが、理事者側の態度は頑なで、決裂しました。労働委員会での斡旋も行われましたが、解決に至りませんでした。その上で、理事者側は、上記提示の基準で支給を強行し、2006(平成18)年度も、2007(平成19)年度も同様の経過を辿りました。

そこで、教職員205名が、従前の基準である「6.1ヶ月+10万円」と実際に支給された金額との差額の支払いを求めて提起したのが本件訴訟でした。

一時金の性格

立命館側は、給与規定で一時金の具体的基準を定めていないのは、毎年変動することが予定されている賞与の正確から当然のことであり、教職員にとっては、理事長が支給基準、総支給額、支給日などを決定することによって初めて具体的権利として発生するに過ぎない。また、労使協定が成立しない限り、学校法人の責任と裁量により賞与の額を決定できると主張しました。賞与とは恩恵的に与えられるもので、労働者の側には権利性は認められないという考えです。

この点について判決は、原告側の主張に沿い、「一時金は、個々の教職員の勤務成績等を加味するものではなく、全員一律の基準で支給されるものであることからして、賃金の後払いとしての性質を強く有し、生活給的な性格が強いといえる。」と判示しました。生活給であれば、雇用主が裁量によって変えることができるというものではなく、その支給基準は労働契約の重要な要素を成すとの考えに結びつくこととなります。

誠実交渉義務違反があったか

交渉の経過について、判決は、「被告は、そのような具体的な資料を本件組合に提示するなどしたことは認められない。」「その後、学費の減収分であるなどと説明内容を変遷させた」「どのように状況が変化したのかなどを含め、本件一時金とした理由について、より丁寧に説明すべきであったといえる。」などと認定し、「被告に誠実義務違反があったとみる余地がある。」と判示しました。

しかし、誠実交渉義務違反がなければ従前の基準で支給された筈との原告らの主張は認めませんでした。

また、当該年度の一時金についての協定化が実現しなかったとしても、前年度までの協定が、空白期を埋める補充規範としての効力を持つとの原告らの主張も、採用しませんでした。

労使慣行の法的拘束力

本件では、上記の通り、14年間「6.1ヶ月+10万円」で支給されてきた事実をどう評価するかが大きな争点でした。

この点について判決は以下の通り判示しました。

「労使間で慣行として行われている労働条件に関する取り扱いである労使慣行は、・同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、・労使双方が明示的に当該慣行によることを排除・排斥しておらず、当該慣行が労使双方(特に使用者側においては、当該労働条件の内容を決定し得る権限を有する者あるいはその取扱いについて一定の裁量を有する者)の規範意識に支えられていることが認められると、事実たる慣習として、労働契約の内容を構成して当事者間に法的拘束力を有するというべきである。」

「規範意識」を必要とするとの点は問題がありますが、一時金(賞与)についても労使慣行が成立することを正面から認めた点は意義があります。

その上で判決は、14年間も継続した「6.1ヶ月+10万円」の基準についての労使慣行の成立を認めたのではなく、理事者側の「6ヶ月」を目標とするとの発言が繰り返されてきたとの事実を認定した上で、使用主に「規範意識」としては「6ヶ月」というものであり、その範囲で労使慣行が成立し、労働契約の内容となっていたと判示しました。

労使慣行の変更についての要件

判決は、労使慣行変更の要件について以下の通り判示しました。

「労使慣行の変更が許される場合とは、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該変更の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有する必要がある。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす労使慣行の変更については、当該変更が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合にその効力を生じるものというべき」

このような判断を示した上で、本件では、差し迫った事情はなく、激変緩和措置なども取られず、代償措置も行わない3年間の一時金削減は、合理性が認められず無効、と結論づけたのでした。

なお、立命館側は控訴し、本件は大阪高裁で更に争われることになります。

(事務所担当は森川明、大河原壽貴)

2012年3月30日 京都新聞

「まきえや」2012年春号