事件報告 公共事業によって発生した製茶工場の地盤沈下の損害賠償請求で勝訴
製茶工場の建設
本件は、京都府内の南山城村で製茶業を営んでいたSさんの事件です。Sさんは村内の自己所有の土地を1975年に切り土、盛り土し整地(以下「本件土地」とします)した後、1992年に製茶工場(以下「本件建物」とします)を建設し、機械を稼働させてきました。もちろん、地盤沈下等の問題はなにもありませんでした。
村道拡幅工事に起因する地盤沈下の発生
(1)ずさんな工事
2001月2月~6月にかけて、村の公共事業として、本件土地脇の村道拡幅工事(以下「本件工事」とします)が行われました。実際に工事を行ったのは工事を受注したO社です。
O社は工事に着工すると、本件建物の西側について、工場の基礎の直近まで本件土地の地盤を掘削し、しばらくしてから掘削部分に簡易鋼矢板を打設しました。しかし、簡易な施工に用いられる軽量鋼矢板を、矢板頭部を固定することもなくまちまちの深さで打ち込み、板と板の間に隙間がある箇所も多数ありました。また、すでに本件土地を掘削して地盤が破壊された後に矢板を設置したため、矢板の裏側(本件では東側)に空洞ができており、最初から土留めとしての機能を果たさない状態でした。
さらに、O社は掘削した箇所にコンクリート製の擁壁を設置しましたが、この擁壁は建築基準法や道路土工用壁指針等に合致しないものでした。O社は用壁設置後に擁壁裏側の本件土地掘削部分の土を埋め戻しましたが、埋め戻した土に転圧不足があり、本件土地の地盤流出を止めることができませんでした。その上、O社は埋め戻しの際に設置した鋼矢板を引き抜いてしまい、本件土地の地盤内部に空洞が生じました。
(2)地盤沈下の発生
このようなずさんな工事の結果、本件土地では西側に向かって地盤が流出することになり、本件建物では工事後、地盤沈下(不同沈下)が発生し、止まらない状態になりました。Sさんの製茶工場では毎年徐々に基礎コンクリートのひび割れが広がり、地中に埋設した水道管が破裂しました。そして、製茶機械も傾いていき、2010年には製茶機械が一部使えないほどに建物が傾いてしまいました。
(3)事前、事後調査の欠如
公共事業を行う際は、近隣に本件土地に影響がないよう、事前、事後の調査を行うことが義務づけられています。しかし、村は本件工事を行うについて、事前の調査を全く行いませんでした。
訴訟の過程
村は当初、製茶工場の水道管の補修工事費用を負担するなど、自らの責任を認めるかのような態度をとりましたが、本件建物の不同沈下が激しくなると責任を否定するようになりました。Sさんはやむなく弁護士(私です)を選任して2010年に損害賠償請求訴訟を提起しました。
本件では、上記のように、地盤沈下が発生していることは明白なのに、村が責任を否定していたので、提訴前に専門家の協力を仰いで本件土地の地盤の状況を詳細に調べました。この調査では、情報公開請求の結果に基づいて本件工事の施工状況も詳細に分析し、また、ボーリング調査の結果、埋め戻した土の転圧不足の状態が如実に表れました。
訴訟では、村もO社も、本件土地の地盤沈下が本件工事前から発生していた、と根拠もなく主張しました。事前の調査も行わずに工事前からの地盤沈下を主張してきたことについては怒りすら感じましたが、科学的な鑑定結果を後ろ盾にして全面的に反論し、Sさん自身もかつて土木作業員をしていた経験を生かして地盤沈下の状況を独自に測定した結果も証拠として提出し、完全に論破しました。
判決概要
京都地方裁判所は、2012年2月7日、Sさんの主張をほぼ全面的に認める判決を出しました。時効の起算点についても、被害の特定に科学的な鑑定が必要なことから、Sさんが専門家に依頼して調査した時としました。ただしこの判決は、本件土地がもともと軟弱地盤であったことを指摘し、損
害の3割を相殺しました。この点は不当だと言わざるを得ません。これについては、損害を3割相殺したうえで遅延損害金を計算すると、ほぼもともとの請求額になることから、裁判所が「調整」したようにも見えます。
判決は行政が犯した失敗として、新聞各紙でも取り上げられました。村、O社は控訴しましたが、村は控訴審でも旗色が悪いと悟ると、控訴を取り下げ、京都地裁の判決が確定しました。
本件ではSさんの損害は賠償されましたが、補償がされるまで長期間を要しました。やはり、行政が工事を行う前に十分な事前調査を行うことが非常に重要だと思う次第です。