強迫されて署名した 千数百万円の和解契約書を無効に
商取引が強迫の場に
会社を経営するAさんは、多角経営の一つとして、ある原料に手を加えた商品を販売していました。商品にセールスポイントはあるものの、まだ販売実績は多くなく、利益は少しでした。Aさんと仕事上の付き合いのあったBさんは、経営する会社の事業の関係で、C社と取引がありました。C社の担当者から「新しいビジネスはないか」と相談されたBさんは、Aさんの商品を紹介しました。すると、C社は強い興味を示し、Bさんを通じて「外国で販売したい」とAさんに持ちかけてきました。
それで、Aさんは、Bさんを通じて商品のサンプル、カタログ、データ、見積書などの資料をC社に届けました。
その後、C社から、「コストを抑えたいので、原料を直接売ってくれないか。加工は外国でする」という提案があり、Bさんを介して調整する中で、原料を販売する合意が出来ましたが、その中で、原料や商品を良く理解していなかったBさんが、原料について勘違いしたメールをC社に送ってしまいました。しかし、Aさんは、C社の担当者に対して直接説明していましたし、それは資料とも一致していますので、取引には何の影響もないものでした。
ところが、AさんとBさんは、ある日、突然にC社に呼び出されました。そこには、役員と称する暴力団の元幹部も同席しており、「Bさんの(勘違いの)説明を信用していたのに、事実と違っていた。外国との取引が破談になったら、誰が責任を取るのか」と詰め寄りました。Aさんが、資料との一致を説明しても、Bさんのメールと突き付け、「こんなメールをしたのと違うか。どうしたら丸く収まるか考えろ」と暗に賠償を要求しました。その後、2人にはC社に呼び出されたり、謝罪文を書かされたりする悪夢のような日々が続き、何の具体的資料も見せられないまま、ついにC社に対し、「外国の会社への賠償」や「C社の営業経費の負担」という名目で千数百万円を支払うという和解契約書に、経営する会社を含め4者で署名させられてしまいました。
強迫による取消を認めた裁判所の判決(確定)
その後、AさんとBさんから相談を受けた私は、和解契約書は民法96条の「強迫による意思表示」だから取消すなどの理由で支払を拒否する内容証明郵便を送りました。
すると、C社は、千数百万円を支払えという裁判を地方裁判所に起してきました。
C社の手口の巧妙さは、あからさまに脅迫する言葉は決して用いないこと、和解契約書に署名する場面では暴力団の元幹部が席を外すなどの点に示されていました。しかし、裁判の中で調査を進めていくと「外国の会社」に実体があるとは認められないこと、C社が誇らしげに提出したパンフレット(この商品に関係することも書かれています)が会社の実体や事業実績を偽る著しく不公正なものであること、「会社経費」を示す帳簿にも本件と全く無関係の支出が多数あることなどの点がボロボロ出てきました。
地裁判決は、賠償請求は理不尽であり、資料も見せずに和解契約をさせようとする交渉態度は到底尋常ではなく、Bさんのミスにつけこみ、2人が暴力団の元幹部をおそれていることに乗じて、署名を迫ったものであるとして、強迫を理由とする取消(無効)を認めました。C社は控訴を断念し、C社の全面敗訴判決が確定しました。
AさんとBさんは、利益も少なかった商品が、暴力団的な手口にかかれば多額の支払強迫の道具になるという落とし穴の恐ろしさを改めて感じつつ、一切の支払を免れて、安心して暮すことが出来るようになりました。