加害者の責任逃れは許されない ~逆転有罪判決~
自動車運転過失致死傷罪
交通事故で被害者が亡くなったり負傷した場合、加害者は、自動車運転過失致死傷罪(刑法211条2項)の疑いで捜査を受けることになります。以前は、鉄道事故、医療事故などと同じ業務上過失致死傷罪とされていましたが、刑法改正により独立した罪名とされるとともに、懲役・禁固刑の上限が5年から7年に引き上げられました。
しかし、実際には、加害者が自らの過失を争ったり、被害者側に重大な過失があると主張した場合には、それが事実でない場合であっても、不起訴処分とされてしまう危険性があります。特に、目撃者のいない死亡事故では、そのおそれが指摘されています。加害者が自分には責任がないと強く申し立て、検察官が今の証拠関係ではそれを崩すのが難しいと考えた時、嫌疑不十分として不起訴処分にすることが予想されます。その場合には、真実が闇に葬られ、加害者が責任を免れるだけでなく、被害者の方が悪かったという汚名まで着せられる結果になります。
加害者が一審無罪から高裁で逆転有罪になったAさんのケース
Aさんは、2年前、高齢のお母さんを助手席に乗せて、買物に行くために自動車を運転し、普段から良く通行する交差点で、右折青色矢印が表示されたことを確認してから、右折を始めました。ところが、その直後、赤信号を無視して直進してきた車に衝突され、その夜にお母さんが亡くなられました。
加害者は、事故直後は弁解することなく「急いでいた」と言い、警察に対しても、交差点に入った時の信号は見ていないと供述していました。しかしながら、Aさんら遺族側に対しては謝罪も反省もない態度を取りました。そして、途中からはAさんの加入している保険の担当者に対して、自分は青信号で入ったと主張するようになりました。
このような態度を許していては不起訴にされる危険性があると考えたAさんら遺族は、検察庁に対して厳正処分要請書を提出し、代理人の私も検察官に直接交渉しました。強調したのは、反省もない加害者の責任逃れを見過ごせば、同様の事故が再発し、新たな被害者が発生するということです。その甲斐あって、ほどなく加害者は起訴され、正式裁判が始まりました。
一審において、加害者である被告人は無罪を主張し、被告人と同乗者は、捜査段階の供述と異なる内容を法廷で述べました。Aさんら遺族は、検察官と意思疎通を図りながら、有罪立証のために協力しました。しかしながら、一審判決は驚くべきことに無罪。その内容は、被告人と同乗者の変遷する供述のあまりにも不自然・不合理な内容に目をつむり、弁解に丸ごと乗っかった理解しがたいものでした。
こんな判決は許せないと、Aさんら遺族は各人の要請書をつけて直ちに検察庁に控訴を要請し、検察庁もこれに応えました。その結果、控訴審では異例の3人の警察官の証人尋問が実施され、逆転有罪(実刑)の判決が言渡されました(上告中)。逆転の重要な証拠となったのは、事故現場付近にあった防犯カメラに写っていた事故直後の車両の動きから画像解析し、再現実験をして事故当時の信号表示を割り出した鑑定書でした。
私たちは、ともすれば「証拠がない」などと考えがちですが、実際にはこの防犯カメラのような証拠が存在し、警察・検察が本気になれば活用できるのです。それを実現させたのは、加害者の責任逃れは許さないというAさんら遺族の強い気持でした。