まきえや

新採の先生をつぶすな ~分限免職処分を取り消す画期的な判決~

[事件報告]

新採の先生をつぶすな ~分限免職処分を取り消す画期的な判決~

2008年2月28日、京都地方裁判所の中村隆次裁判長は、京都市教育委員会が京都市立小学校の新採教員に対して下した分限免職処分を取り消す判決を言い渡しました。同判決は、教育行政の裁量を広く認める流れの中で、教員の指導力を理由とするやみくもな解雇(分限免職)処分に対して警鐘を鳴らす画期的な判決です。

新採の先生に対する集中的な攻撃

Tさんは、2004年4月1日付で京都市立小学校の教員に採用されました。公立学校の先生は、採用後1年間「条件附採用期間」とされ(一般公務員は6カ月間)、担任などをしながら、指導教員の下で初任者研修を受けた後、1年間の勤務成績などによる評価を経て正規採用となる仕組みになっています。しかし、実際は採用当初からあらゆる業務を一人前にこなすことが要求され、多くの新採の先生がまともな指導を受けることなく過重な仕事量の中で体調を崩すなどして現場を去っていっています。

2002年ころから、いわゆる「指導力不足教員」が問題化される中で、教育行政は、この条件附採用という不安定で、しかも手続きの保証も不十分な新採の先生に目を付け、集中的に攻撃をしかけています。実際、新採の先生で正式採用とならなかった教員の数は、2003年度採用が111人、2004年度採用が 191人、2005年度採用が209人、2006年度が295人と、次第に増えています。このうち最も多いのは病気を理由とする「依願退職」ですが、多くの先生は今述べたような勤務実態の中で「つぶされてしまう」のです。

そして、「正式採用」されなかった先生の中には、T先生のように「成績不良による不採用」も含まれています(2006年度採用の場合で4人)。希望に燃えた新採教員のなかで、1年もたたないうちに辞めていく(辞めさせられていく)者が年々増加しているということは大きな問題です。

事実関係の調査さえされないまま強行された分限免職処分

Tさんのクラスはいろいろな困難を抱えた子どもたちがいましたが、Tさんは個別指導や家庭訪問を繰り返すなど子どもたちの教育活動に熱心なだけでなく、校務分掌など他の教員としての仕事もきちんとこなし、無断欠勤や遅刻、書類の提出遅れなどもなく、研修は常に一番前の席で受けて講師に熱心に質問するなど、真面目に地道に教員一年目を過ごしていました。

しかし、年度途中から授業中にクラスがざわついている等の理由から管理職から厳しい指摘を受けるようになり、9月には通常の業務と研究発表の準備に追われる中で、さらに毎日1時間分の授業指導案を提出するよう指示されました。

Tさんは毎日2~3時間の睡眠で業務をこなしていましたが、忙しすぎて常時疲労蓄積状態となり、後期の初めには高熱が出て休まざるを得ない状況に追い込まれ、また、子どもたちとの触れあいが減ったため、ますますクラスがうまくいかない事態に陥ってしまいました。

それでも、Tさんは学芸会の脚本を子どもたちの意見を聞きながら一から作成するなど、必死に努力を続けました。

ところが、京都市教委は、校長などの一方的な情報を根拠に、事実関係の調査をきちんとせず、また、Tさんの主張をまともに聞くこともなく、2005年3月 31日付で分限免職処分を強行しました。

Tさんは、この処分に納得がいかず、2005年5月27日に処分の取り消しを求めて、京都地裁に提訴しました。

「指導力不足教員」をめぐる42の攻防

本件裁判における争点は大きく4つありました。

本件は学校の先生に対して、責任感が欠如しているとか、指導力が不足しているとか、授業の方法が不適切であるとか、あるいは向上心がないとかそのような学校の先生の教育の指導力という抽象的な理由で、市教委が分限免職をしたという特殊性をもっています。

したがって、第一に、教育の力量のレベルというものを新規採用の先生にどのような基準でどの程度求めるのか、どのレベルを切ると、分限免職の理由となるのかということが争点になります。それはもちろんベテランの先生と同程度に求められるものではないはずですが、この点被告側はTさんについて42項目にもわたる問題点を主張してきました。それは例えば、後期授業の始業式の日に熱を出したのは本人の健康管理が悪いからだとか、児童をきちんと整列させることができないとか、微に入り細に入る、まさに重箱の隅をつつきまわすものでした。

第二に、これら42の免職の理由についてほとんど事実確認がまともにされないままに分限免職されたことが争点となりました。裁判では、これらの一つ一つが事実ではないこと、あるいは事実の一部だけを取り上げて問題化し全体的な教育の流れでとらえていないことなどを明らかにしてきました。

第三の争点は、新任の先生に対して管理職側が何ら系統的な指導をしてこなかった点です。新任の先生に対しては、学校長、教頭、教務主任、学年主任、そして指導担当教員とあらゆる指導者がいるわけですが、それぞれが個々ばらばらにあるいは単発的に指導をしており、学校が新任の先生をどのように教育力量をあげていくか視点がまったくありません。系統的に指導したという資料ももちろんありません。

第四に、9月以降毎日2~3時間しか寝る時間が取れないというTさんが実に過密な仕事量の中で、児童達と十分な接触をもちおおらかな教育をする機会を奪われてきたという点です。中でも、数時間の授業準備や研究授業の準備に加えて、毎日1時間分の指導案を提出するように言われたことはTさんの継続的な過労状態を引き起こすことになりました。

管理職側の責任を厳しく断罪した判決

今回の判決は、市教委が主張する42の免職理由を、裁判所の観点で35項目にまとめ、そのうち、10項目についてはそもそも事実自体がないという判断をし、市教委がいかに事実調査をしないまま免職処分を強行したかを明らかにしました。

また、12項目については、事実は認められるとしても教員の評価には影響しないとしました。

残る13項目については、原告の指導に不適切または不十分な面があったと判断しましたが、それは一概にTさんの責任感の欠如とは言えず、子どもたちや保護者の方がTさんに対して信頼を失ったとすれば、その一因は管理職や学校のTさんに対する態度に問題があり、管理職のTさんに対する評価が客観的に合理性を有するか疑わしいと指摘したのです。

今回の判決に対して、京都市教委は即刻控訴をしてきました。これからが闘いの正念場となります。全国の学校で子どもたちの困難と向き合って、日々がんばっている先生方に対して、今回の判決が大きな励ましになったことを大切にして、控訴審でも勝ち抜けるようご支援をお願いします。

「まきえや」2008年春号