残業問題を中心とする最近の労働事件への取組
残業問題の増加
不況の長いトンネルが続く中で、リストラ現象も止まるところを知らないといったような状況が続いています。少なくない労働者が解雇される一方、 職場に残った労働者は従前より少ない人数で従前通りの、時には従前以上の量の仕事を強いられていることが少なくありません。当然残業現象が増加します。残業をしたら残業代の支払を受ける、これが労働者の権利です。しかし、そのような権利が十分に守られていないというのが現状のようです。
残業代の未払いは労働基準法で禁止されている犯罪です。現に悪質な件については送検され、刑事罰が科せられています。
残業代不払問題が起きたときは、まず、雇い主に対して内容証明郵便で残業代の支払を求めることが考えられます。この方法によって雇い主が任意に支払してくれたケースもあります。次に、労働組合に相談したり、労働基準監督署に申告することが考えられます。組合と使用者との交渉や、労働基準監督署の支払勧告によって、速やかに支払われる場合もあります。
上記の手段では解決しない場合は裁判所に提訴して是正を図ります。なお、60万円以下の請求を行う場合には、原則として第1回期日で結審し判決が言い渡される少額訴訟の利用も考えられてよいと思われます。
なお、2006年4月から労働審判制度もスタートします。労働審判制度では、裁判官である労働裁判官1名、労働関係に関する専門的な知識経験を有する者2名で労働審判委員会を構成し、調停による解決が不可能な場合でもこの労働審判委員会が労働審判を行うことにより解決を図りうるものとされています。労働審判は原則として3回以内の期日で終了するものとされており、迅速な解決が図られることが期待されています。この制度を利用して残業代支払請求するケースも出てくることになるでしょう。
当事務所における残業代未払請求訴訟事件
当事務所においては、最近、某消費者金融会社における残業代未払問題の相談が相次いでいました。私もその内の1件を担当しています。
この事件とは、事務所法律相談の時に出会いました。私の相談者は、上記会社を退職後、労働基準監督署にも申告したのだけれども埒があかなかったので当事務所に相談に来られたとのことでした。
この相談者は、午前9時から午後9時まで勤務する日が続いたのにも拘わらず、約275万円にも登る残業代を支払ってもらっていなかったのです。労働基準監督署から上記会社に対して指導をしてもらったけれども極めて僅少な金額しか支払えないという返答しかしてくれなかったとのことでした。これは悪質な案件であると考え、訴訟提起により解決を図るべき事件だと考えました。
請求する残業代の内、最も古い時期のものについては時効期間の終期が迫っていたので急ぎ訴状を作成し、訴え提起しました。今後、上記会社からの答弁書を持ち、更に必要な主張を行った上第1回口頭弁論に臨むこととなっています。
残業代請求に関する基本的事項
労働時間は原則として1日8時間、1週40時間を超えてはならないと定められており(労働基準法32条)、この原則で定められた時間を超えて労働させられた場合、25%の割増賃金を請求できることとなっています(同法37条、割増賃金令)。
休日は原則として週1回以上与えられなければならないと定められており(同法35条)、休日に労働させられた場合には35%の割増賃金を請求できることとされています(同法37条、割増賃金令)。
使用者が営利企業などの「商人」の場合、年6%の遅延損害金を請求できます(商法514条)。未払残業代の支払を受けないまま退職した場合、或いは退職後に支払われるべき残業代がその支払われるべき日において支払われない場合には、退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について年14.6%の遅延損害金を請求できます(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同法律施行令1条)。ただ、遅延が企業倒産などやむを得ない事由によるものである場合は、その事由が存在する間はこの14.6%の利率は適用されないこととされています(同法6条2項)。
未払残業代の時効期間は2年となっていますのでご注意下さい(労働基準法115条)。
付加金支払制度(同法114条)の利用
付加金支払制度は使用者が解雇予告手当、休業手当など労働者に支払うべき手当を支払わない場合に関する規定ですが未払残業代がある場合にも適用があり、その支払うべき時期に支払がなかったその時点から2年内に、未払金と同一額の付加金の支払を命じるよう裁判所に申立できることとなっています。ただ、この付加金額は裁判所の裁量により減額できるものであり、時間外労働手当(残業代)の不支給は悪質なものとまではいえないとして、大幅に金額を減じた判例(京都地裁平成4年2月4日)もありますので請求金額の全部が支給されるとはかぎりません。
残業代請求にあたって
残業代算定の裏付けとなる労働時間管理記録、残業記録、就業規則等を確保することが重要であることにご注意下さい。タイムカードによって時間管理をしていた場合にはタイムカードに打刻された時間数をもって割増賃金を請求できます。タイムカードがない場合にも、日々残業状況を記載していたノートにより請求が可能となる場合もあります。組合活動の一環として所属組合員が一斉に残業代請求をするにあたって、オリジナルの残業時間チェック表(例-24時間目盛りの表を作成し、実労働時間の開始時間と終了時間を労働内容ごとに記していくもの)を作成し、これに基づき請求しているという実例があります。配偶者が日記に毎日の出発時間と帰宅時間を記していた場合にこの日記が証拠となることもあり得ます。なお、私が担当している事件においては、上記会社が作成した勤務シフト表そのものから残業、休日労働の存在が明かであったのでこの勤務シフト表を証拠として提出しました。
最近、上記会社に対する別の方の残業代支払請求事件につき勝訴判決が言い渡されました(担当弁護士は当事務所の先輩川中弁護士です)。闘えば勝利できるという経験を一つでも多く増やすため、この事件の後に続きたいと考えております。
この記事の内容は2020年3月末までに発生した債権であることを前提としています。民法改正により、2020年4月1日以降に発生した債権については時効期間が異なっていますので、ご注意下さい。
改正後は、原則として一律に「権利を行使することができることを知った時から五年」(改正民法166条1項1号)となり、不法行為の場合は3年(同724条。ただし「人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権」については5年(同724条の2))となっています。
また、賃金請求権については、2020年3月の労働基準法改正により、同年4月以降に発生するものについては3年ということになっています。