本人の申立で手形の取立を止めさせた!
借金地獄からの解放を求めて
Aさんは、知人の業者から多額の借入れをして、長い間、高金利を払い続けてきました。これまで支払った高金利について、利息制限法で引き直し計算をして、利息制限法違反の利息分を元金に組み入れていくと、すでに借金は消えているばかりか、1000万円以上も払い過ぎになっていることが判りました。
しかし、Aさんの弱点は、借用証もなく、領収証ももらっていないこと、更には、元金分の額面の約束手形を業者に差入れていることです。
手形の支払期日欄は空白なので、業者側はいつでも支払期日を記入して取立に回すことが出来ます。
これまで、Aさんが「もう借金はなくなっている」と説明しても、業者側は聞き入れようとせず、「○日までに今月分の金利分を払わないと手形を回すぞ」と脅し続けてきました。今のAさんには、その手形の額面を一時に支払う力はありません。手形が不渡りになってしまうと、これまでの半生をかけて築いてきた事業が倒産してしまいます。やむなく、お金をかき集めて手形が回るのを止めますが、翌月には同じことが繰り返されます。借金地獄の中で、業者に金利を払うためにだけ働いているような状態でした。
調停前の措置の申立をアドバイス
Aさんは、業者を相手方とする調停手続を自分で行うことを決めて、申立書を作ってほしいと私に依頼されました。依頼に応じて申立書は作りましたが、これまでの業者の対応からすると、調停をしても業者がそれを無視して、手形を取立てるおそれがあります(実際に、業者からは、その後、手形の取立を予告する通告がありました)。
このような場合には、商工ローンの日栄事件で弁護団が活用している手形の取立禁止仮処分を地方裁判所に求める方法が考えられますが、それには、取引経過やこれまでの支払状況を裏付ける証拠が必要ですし、認められる場合にも保証金を積む必要があります。日栄事件で京都地方裁判所は、全国的に見ても保証金の水準が低いとされますが、それでも手形額面の一割を要求されてきました。Aさんの場合は、資料も十分と言えませんし、一割の保証金を作ることも不可能です。
ところが、調停手続の場合には、民事調停法一二条に「調停前の措置」という手続があります。それによれば、調停委員会は、調停のために特に必要があると認めるときは、当事者の申立により、調停内容の実現が不可能になったり困難になったりしないよう、現状の変更や物の処分の禁止などを命ずることができるのです。
この措置は、裁判ではなく、調停委員会による特殊な自由裁量的処分であって、条文でも「執行力を有しない」と書かれていますし、調停が打ち切りになれば効力もなくなってしまいます。そのため、これまで十分に活用されてきたとは言えません。しかし、裁判所から相手方にこのような命令を出してもらって、条理がどちらの側にあるのかを明らかにすることは極めて重要ですし、何よりも、この命令への不服申立は認められず、正当な理由がなく違反した場合には10万円以下の過料の制裁があります。このような視点から、商工ローンの日栄事件でも、弁護団は各地でこの手続を活用してきました。
そこで、Aさんの事件でも、私はこの手続をアドバイスし、「手形を取立ててはならない」との措置命令の申立書を作ってAさんに渡しました。
本当に手形の取立が止まった!
Aさんは、これを裁判所に提出して、必要性を切々と訴えた結果、ついに裁判所から命令を出してもらうことが出来ました。業者が指定した取立日。Aさんは緊張して待っていましたが、とうとう手形は回ってきませんでした。手形を取立てると豪語していた業者も、裁判所の命令に逆らうことは出来なかったのです。
Aさんの事件は、今後も困難が予想されますが、Aさんは「これまで相手にやられっぱなしで、手形の脅しに屈して、奴隷のように金利を支払うしかなかった。今回、自分の主張を裁判所に受け入れてもらえて、一円も支払わずに手形を止めることが出来た。今後のことは難しいかも知れないが、この命令は、自分にとってどれだけ大きな意味を持っているか判らない」と感想を述べています。
私にとっても、初めから諦めずに、最後まで様々な手続の活用を考えることの大切さを教えてくれた仕事でした。