京都第一

[ダイイチNEWS 02] 労働者に営業費用の支払いを負担させないために! ~住友生命事件

営業の人がくれたお菓子は経費で買っていたのか?

「今日は営業の人がお菓子を持ってきてくれたから、ついつい食べながら話を聞いてしまったよ」、そんな経験がある方もいることでしょう。慣例で渡されがちなお菓子、その代金は会社の経費として認められていたのでしょうか? ある保険会社への経費にまつわる請求をご紹介します。

事案の概要

実際にAさんが購入した住友生命のロゴ入りのお菓子。

本件は、住友生命保険相互会社京都支社で保険営業をしていた営業職員のAさんが、(1)賃金から様々控除された営業費用約190万円(2012年10月以降分2018年12月分まで)を賃金請求または不法行為もしくは不当利得を根拠に、(2)また、業務のみに用いている携帯電話料金約21万円を費用償還請求または立替払契約に基づく請求を根拠に、それぞれ請求したものです。また、(3)訴訟係属中にさらに2019年1月から2020年3月分の賃金から控除された営業費用と(4)その時期の携帯電話代金について請求を拡張しました。

2023年1月26日、京都地方裁判所は、会社に対し、Aさんが費用負担について形が残るように異議を唱えていた(3)の営業費用の一部と、(1)のうち定額で控除され対価性が不明だった資料コピー代について、19万3542円を支払うよう命じました。

一方、(1)の時期に賃金から天引きされた多くの営業費用や、全ての時期について、立て替えた業務用の携帯電話の費用については請求を棄却しました。

負担させられていた営業費用の内容

Aさんが賃金から天引きされていた営業費用は、業務用のタブレット端末の利用料金、定額の資料コピー代、顧客に配布するカレンダーや飴玉の費用、バレンタインデーに配布する会社のロゴ入りチョコレートやルーブル美術館と提携した顧客の子弟向けの絵画コンクールの参加賞代など、多岐に及んでいました。しかし、多くの時期について、Aさんが自ら購入手続を取っていたことなどを根拠に、裁判所は自ら費用負担をする「自由な意思」を認めてしまいました。

また、Aさんは、業務用の携帯電話を私用のものとは分けて別に契約しており、ほとんど100%業務に使用していました。しかし、裁判所は、Aさんが天引きの不当性を問い合わせるために労働基準監督署に架電していた例などわずかな例外をあげつらって、一方では、100%の業務性がないとし、もう一方では、私用と別の携帯電話を契約する必要がない、という相互に矛盾する理由をつけて、請求を棄却しました。

判決が権利を認めた範囲

一方、判決は、Aさんが文書に残る形で、経費負担に異議を唱えた時期以降については、賃金から控除された金額全額の支払いを命じました。また、定額で徴収して対価性が不明だった資料コピー代については、10年間(2020年4月分からは5年間)遡って返還を命じました。営業費用を負担させられている場合、最大で10年間(2020年4月分からは5年間)遡って返還を請求できることが明らかになったことは重要です。

法律上の権利はある!

会社の業務上必要とされる費用を誰が負担すべきかは、当然、使用者だというのが社会通念です。でもそれを明記した法律や判例はありません。ただ、労働基準法の解釈でも、労働者が立て替えた営業経費や、労働者の私物(例えば作業用のチェーンソー)を業務に使用した際の損料を使用者が支払った場合にそれは労基法11条の「賃金」にならないとされます。その裏返しで、労働者(給与所得者)が業務費用を確定申告して経費控除することはできない、という有名な最高裁判例があります。

また、賃金からの天引きは労働基準法24条1項で禁止されており、例外的に認められる場合でも、厳しい要件が課されるはずです。

今回の判決の問題点と今後の展望

今回の判決は、使用者が労働者に営業費用を負担させることや、本来禁止されているはずの賃金からの天引きをかなり緩く認めている点が非常に問題があります。これらの判断は、法令の解釈とも、従前の判例とも整合しません。すでにいくつか出されている評釈論文でも、判決が労働者の負担を緩く認めた部分は批判されています。

闘いの舞台は大阪高等裁判所に移りました。コロナ禍以後、在宅ワークの浸透で、労働者による営業費用の負担が認められるかは労働法の中でホットな話題になっています。労働者に営業費用を負担させることは認められない、という当たり前の権利を明確なものにします。

(弁護団:高木野衣、渡辺輝人)