タクシー運転手の賃金は、基本給部分のない歩合給を基本とする場合と、月給制や日給制の基本給に加えて運送収入に応じた歩合給を支払うことを基本とするものに大別されます。後者の場合、歩合給に足切り額(例えば運送収入が35万円に達した場合のみそれ以上の運送収入に対して賃率をかけて歩合給を支給する)を設け、足切り額に賃率を掛けると基本給額に近似することで、結局、歩合計算が基本となった賃金体系とすることが多いです。その上で、契約上、割増賃金に当たるとされる部分が出来高払制の賃金に吸収される仕組みになっているのが通例です。
最高裁判所は、2020年3月30日にタクシー運転手の残業代請求について重要な判決を出しました(国際自動車事件第二次最高裁判決)。この事件は、歩合給の計算の際に、残業代に相当する額を控除してしまうことに特徴があり、最高裁はこの仕組みを「割増賃金の本質から逸脱する」と強い調子で批判しました。そして、上記に述べたように、多くのタクシー会社でも、説明の仕方に違いはあれど、歩合給に残業代を吸収してしまう仕組みを採用しているので、同様の結果となる可能性が高いと言えるでしょう。
実は、この最高裁判決のちょうど一年前の2019年4月11日に、大阪高等裁判所が洛陽交運事件の判決を出しました。これは私が労働者側代理人を務めた事件で、ヤサカグループのタクシー会社が、歩合給全体を残業代だと言い張っていた主張を否定して、改めて残業代の支払いを命じたものです。この判決に対して会社側は上告しましたが受理されずに確定しました。そして、そのすぐあとに出たのが上記の国際自動車事件の最高裁判決だったのです。洛陽交運事件の大阪高裁判決と、国際自動車事件の最高裁判決は、従前の裁判例とは明らかに隔絶がある一方、論理構造が相互によく似ています。今後は、この二つの判決を軸にして、司法判断がさ れていくものと思われます。
タクシー運転手やトラック運転手は残業代は(実質的には)払ってもらえない、という業界の慣行はいよいよ否定され、タクシー運転手も残業代が当たり前の時代が近づいてきました。