敷金トラブル110番
敷金トラブル110番
今回は、家屋の賃貸借契約を行う場合に、借主から家主に支払われる敷金(保証金も同様)を巡るトラブルと最近の裁判例を取り上げてみたいと思います。敷金とは、借主の賃料支払義務その他の賃貸借契約上の債務を担保するために、家主が借主の退去時まで預かっておく金銭のことです。
敷金トラブルその1-原状回復義務の内容如何?
Q:部屋を汚したりもせず、家賃の滞納もなく退去したので敷金は全部返ってくるかと思っていたら、大家さんが「入居時に比べたら時間がたって汚れている。リフォームはこちらでするからその代金分を敷金から差し引く。」と言ってきました。こんなことが認められるのでしょうか?
A:原状回復義務の不履行による損害賠償債務も敷金が担保する債務ですが、原状回復とは「入居時の状態に戻すこと」ではありません。家主は家賃を受け取る代わりに修繕をしなければならない立場にあり、入居時同様の状態に修繕することは家主のすべきことであって借主の義務ではないからです。ですから、経年変化による自然損耗や借主の故意・過失に関わりなく生じる通常損耗について、それがない状態に戻すためのリフォームをする義務を借主が負担する必要はありません。大阪高等裁判所平成16年12月17日判決も同趣旨の判断を示しています。
貴方の場合、結論として、大家さんの言い分は認められません。
敷金トラブルその2-特約の成立・不成立
Q:私の場合も、リフォーム代を敷金から引くと言われているのですが、大家さんは「契約時に、入居時の状態にまで借主負担で原状回復するということを特約事項として約束したはずだ。」というのです。契約書には書いていないし、そんな約束をしていたかなぁ、と思うのですが・・・。私の場合はリフォーム代を差し引かれることを受け入れなくてはならないのでしょうか?
A:民法では、民法の規定と異なる特約を結ぶことも可能という建前となっています。この建前を私的自治の原則とも呼んでいます。しかし、裁判例の趨勢としては、家主と借主の立場の格差を踏まえて、そのような特約が真に成立しているかどうかを検討するものが多いようです。最高裁平成17年12月16日判決においては、借主が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であり、そのような事情が認められない以上、特約は有効に成立していないと判断しています。その後も、大阪高等裁判所平成18年5月23日判決において、通常損耗分の原状回復費用を賃借人に負担させる旨の特約の合意があると認めることができないとされています。貴方の場合、契約書には明記されていないし、そのような特約を明確に認識していなかったようですから、特約は成立していないとして、原則どおり、リフォーム代を差し引かれる理由はないと思われます。
敷金トラブルその3-特約の有効・無効
Q:私の場合はどうでしょうか。今年大学を卒業して故郷に帰る予定なのですが、下宿先アパートの賃貸借契約書には、借主の費用で入居時の状態に原状回復しなければならないと書かれているのです。リフォーム代は差し引かれざるを得ないでしょうか?
A:特約が成立していると認められる場合でも、その特約が常に有効かというとそうではありません。借主側に一方的に不利なときには信義則違反、場合によっては公序良俗に反し無効になることがあります。居住目的の場合、賃貸借契約が2001年4月1日以降に締結されたものである場合には、消費者契約法10条により無効となる可能性があります。大阪高等裁判所平成17年1月28日判決では、自然損耗分の原状回復費用までも賃借人に負担させる特約につき、消費者契約法10条に違反し無効であるとしました。貴方の場合、学生は消費者ですから消費者契約法10条により特約が無効とされる可能性が高いと思われます。結論として、リフォーム代を差し引くことは許されないと思います。
敷金トラブル4-敷引特約
Q:私の場合、賃貸借契約書の中で、「敷金50万円(但し、敷引き特約として25万円は返還しない。)」という特約条項があるのです。こういう場合、退去時に25万円分は諦めなければいけないのでしょうか?
A:このように、退去時に返還される敷金の額を予め減額するという内容の特約のことを敷引特約と呼んでいます。神戸地方裁判所平成17年7月14日判決は、敷引金を借主に負担させることについて正当な理由を見いだすことができない場合には消費者契約10条違反となることを認めています。最近でも、京都地方裁判所平成18年11月8日判決、京都地方裁判所平成19年4月20日判決等において、敷引特約が消費者契約法10条により無効と判断されました。
敷金トラブルの解決方法
Q:敷金を巡って大家さんと争いになってしまった場合、どうやって解決したらいいのでしょうか?
A:本人でも簡単にできる方法として、内容証明郵便で返還を求めるという方法があります。それでも解決しない場合には、簡易裁判所に少額訴訟を提起することにより早期の解決を図ることが考えられます。弁護士に依頼することも可能です。返還される敷金の額が小さいために弁護士に依頼しにくいという声も聞かれますが、弁護士会には少額事件の弁護士費用を補助する制度もあります。解決手段はいろいろありますので、トラブル時にはお気軽に法律相談をご利用ください。